「見積は取った。中身は後で」は高すぎる。大分県が次期県税の前に買う調査・分析と工期20%の要件定義
「3社から見積は揃った。細かい仕様はキックオフ後に詰めればいい」——その順番で押印したあと、開発中盤で「想定と違う」が増えていく感覚は、発注側では珍しくありません。大分県は令和8年9月、次期県税システムの調達そのものではなく、その前段の「調査・分析業務」を一般競争入札にかけました。開札は9月25日の予定です。この記事では、行政の動きと調査数字を手がかりに、中小企業の発注・ディレクションで飛ばしがちな工程を整理します。
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大分県が「作る会社」より先に買うもの
大分県総務部税務課が公示したのは、「次期県税システムの調達に向けた調査・分析業務」です。履行は契約締結の日から令和9年3月31日まで。業務の中身は、現行県税システムの構成整理と業務プロセス分析、次期ベンダー候補との協議やワーキングへの参加、フィット&ギャップ分析による差異の可視化と代替案の提示、データ移行に関する技術的助言——といった前工程が中心です。
ここがポイントです。県は「どのパッケージをいくらで買うか」の見積比較の前に、現行の整理とギャップの可視化を外注しています。入札参加申請は9月14日まで、入札金額入力は9月24日まで、開札は9月25日午前10時。行政案件の手続きそのものが今日の主題ではありません。読み取るべきは発注の順番です。
中小企業では、しばしば次の流れが当たり前になります。
1. 課題を口頭やメールでざっくり伝える
2. 複数社に見積依頼
3. 金額と納期で比較して選定
4. 契約後に要件定義を本格化
この順番だと、各社の前提が揃わず、相見積もりが比較になりにくい。キックオフ後に「あの話は要件に入っていなかった」が積み上がります。一式見積の読み方や、押印前の人月妥当性は別記事でも触れていますが、今日の焦点はもっと手前——見積依頼の前に、何をどこまで自社側で固めるか、というディレクションです。
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炎上は開発で見える。原因の55%は要件定義
株式会社EdWorksが2025年11月5日に実施した「ITプロジェクトに関する実態調査2025」は、情報通信業の技術系人材1,003名を対象にしています。スケジュール・品質・コストのいずれかで問題が起きた経験がある人は66%。問題が表面化したフェーズは開発が50%と最多で、テストも同程度に挙がります。
一方、根本要因を尋ねると景色が変わります。
項目:要件定義が原因
内容:55%
項目:設計フェーズが原因
内容:51%
表面化する場所と、原因がある場所は一致しません。前工程の認識齟齬が、開発・テストで初めて「遅延」「品質」「追加コスト」として見える、という構造です。深刻化を防ぐためにエンジニアに求めるスキルでも、技術力は13%にとどまり、コミュニケーション力が38%で最多、問題解決力が34%と続きます。開発が原因だと答えた層でも「技術力で防げる」は27%で、問題解決力が36%と上回ります。
発注側に翻訳すると、「優秀な開発会社を選べば要件は後から固まる」は期待しすぎ、ということです。要件定義はベンダーの腕自慢の場ではなく、発注側の業務・優先順位・対象外を言語化する場です。ここが薄いと、後工程でいくら技術力があっても手戻りが増えます。
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要件定義は工数13%、工期は20%。削っても日程は縮まらない
一般社団法人日本情報システムユーザー協会(JUAS)の「ソフトウェア・メトリクス調査2025」では、開発フェーズ別の工数と工期の比率が示されています。要件定義・設計〜結合テスト・総合テストの関係を見ると、工数はおおむね15:60:25、工期は20:50:30前後(分析では要件定義の工数比率約13%、工期比率約20%)です。
要件定義は、工期に占める割合が工数より大きい。調査側の考察では、他工程より分担しにくく、並行で進めにくいためだと説明されています。逆に、設計〜結合テストは工数比率が高くても工期比率は抑えられやすく、分割しやすい工程だ、と整理されています。
発注側がやりがちな誤解は次のとおりです。
項目:誤解
内容:要件定義の予算を削れば全体が安く早く終わる
項目:実態に近い読み方
内容:要件定義の工数は全体の1割強。削っても節約幅は限られ、工期はむしろ伸びやすい
項目:誤解
内容:キックオフ後に詰めれば、見積段階では金額だけでよい
項目:実態に近い読み方
内容:前提が揃わない見積は比較不能。後から差分が追加費用になる
経営層向けに「要件定義の比率を圧縮したらうまくいかなくなった」という現場の説明材料としても、JUASの工程別比率は使われています。中小企業でも、「要件は後で」「見積は開発の一式だけ」は、日程短縮のつもりが逆に効く選択になりやすい、と捉えてよいでしょう。
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見積依頼の前に、発注側が握る4つの線
大分県の調査・分析業務を、中小企業向けに縮尺すると、次の線引きになります。行政と同じ規模のFit&Gapは不要です。必要なのは「見積の前提を揃えるための最低限の現状整理」です。
1. 現行の見える化
どの業務が、誰の手で、どの頻度で、どのツール/帳票で回っているか。困りごとを感情語ではなく、時間・件数・ミス発生の単位で書きます。
2. 必須と対象外
「これがないと導入しない」を3〜5個。「今回はやらない」を同じ数だけ書く。対象外がない要件定義は、後から全部が追加要求になります。
3. 既存データとつなぎ先
会計・販売・勤怠など、連携が必要なシステムとデータの所在。ここが曖昧な見積は、ほぼ確実に後工程で膨らみます。
4. 予算レンジと期限の共有
正確な見積の前に、大まかな上限と希望時期を伝える。隠しすぎると、前提の違う提案が並びます。
外部ディレクターや伴走型の壁打ちを使うなら、選定直後の「作り方」より、見積依頼直前の「揃え方」に時間を割くほうが投資対効果が高いことが多いです。社長の相談窓口や壁打ちセッションも、技術選定の前に業務の優先順位を言語化する場として使えます。
今日やること(3分):直近で見積依頼を出す予定の案件について、下のチェックリストを埋める。埋まらない項目があるなら、その項目を埋めてから依頼する。
- 現状業務を「誰が・何を・どの頻度で」1業務だけでも書けた
- 必須要件を3つ以内に絞れた(増やしすぎていない)
- 今回やらないことを1つ以上書けた
- 連携が必要な既存システム/データの所在を列挙できた
- 予算の上限レンジと希望稼働時期を社内で口頭でも合意した
- 複数社に同じ前提文(A4で1〜2枚で可)を渡す用意がある
- 「要件定義0円/極端に薄い」見積を見たら、前提の置き方を質問するつもりがある
比較の目安も簡潔に置きます。
項目:見積依頼から入る発注
内容:金額は早く揃う。前提差が後から追加費用になりやすい
項目:現状整理→前提共有→見積の発注
内容:依頼まで数日かかる。比較可能で、キックオフ後の差分が減りやすい
項目:開発会社に全部任せる
内容:発注側の負荷は一時的に下がる。認識齟齬の責任分界が曖昧になりやすい
項目:外部ディレクターが前工程を伴走
内容:発注側の言葉を要件と対象外に翻訳する。選定後の進行管理にもつながる
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まとめ:(一言で言うと)
・大分県は次期県税の調達前に、現行整理とFit&ギャップを含む調査・分析を買っている
・炎上の表面は開発でも、原因の55%は要件定義。技術力だけで防げない
・要件定義は工数より工期の比率が大きい。削っても日程は短くなりにくい
次の一手は、見積依頼メールを送る前に、必須3つと対象外1つを社内で紙1枚に書き切ることです。
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参考:大分県「次期県税システムの調達に向けた調査・分析業務委託」一般競争入札(公示日:令和8年9月1日)、株式会社EdWorks「ITプロジェクトに関する実態調査2025」(調査日:2025年11月5日/発表:2025年11月20日)、一般社団法人日本情報システムユーザー協会「ソフトウェア・メトリクス調査2025」ガイドブック