開発・ディレクション

開発委託の契約書、「著作権は全部譲渡」で本当にいいのか。国が示した新指針

タグ: システム開発 / ディレクション / 要件定義 / 中小企業 / IT担当 / 外部ディレクター

「成果物の著作権はすべて発注者に譲渡する」——システム開発の契約書でよく見るこの一文、内容を深く考えずにハンコを押していないでしょうか。6月24日、公正取引委員会・中小企業庁・特許庁が連名で、知的財産権やノウハウ、データの取引における優越的地位の濫用を防ぐための新しい指針と契約書のひな形を公表しました。発注する側にも、開発を請け負う側にも関わる話です。


何が公表されたのか

今回公表されたのは「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」(以下、知財取引指針)と、その附属資料である契約書ひな形です。2025年8月から開かれてきた「知的財産取引適正化ワーキンググループ」での議論を経て、2026年3月に指針案が示され、47件の意見公募を踏まえて今回正式公表に至りました。

項目内容
公表日2026年6月24日
公表主体公正取引委員会・中小企業庁・特許庁
対象特定の業種に絞らず、知的財産権・ノウハウ・データの取引全般
内容独占禁止法(優越的地位の濫用)の考え方を示した事例約70件、適切な取引に向けた実践例約50件、契約書ひな形
関連の動き同日付で「振興基準」の改正、製造委託代金支払遅延防止法の運用基準改正案の意見募集も開始

指針では、対価の設定方法として、成果物の工賃と知的財産権の対価を区分する方法や、レベニューシェアなど複数の選択肢が提示されている点も特徴です。


なぜシステム開発を発注する中小企業に関係するのか

公正取引委員会が事前に実施した実態調査では、知的財産権・ノウハウ・データの取引方法や対価を一方的に決められた経験のある事業者のうち、契約や覚書を交わす際にほぼ全件で著作権譲渡を求められたとする回答が一定数あり、再利用の対価が支払われないケースが多いという声も報告されています。納得できない取引条件を受け入れた理由としては、関係を悪化させたくないという回答が多数を占めました。

これは「発注者が悪い」という単純な話ではありません。むしろ問題は、発注者側も受注者側も、著作権・特許権・ノウハウの扱いについて契約交渉の土台となる知識を持たないまま、テンプレートの文言をそのまま使ってしまっていることにあります。

システム開発を外部に委託する場合、何も契約で定めなければ、開発したプログラムの著作権は原則として開発した側(受託者)に帰属します。発注者が著作権の譲渡を受けたいのであれば、その旨を契約に明示しなければなりません。逆に、受託側の中小企業がこれまで蓄積してきた汎用的なライブラリやフレームワークまで無償で譲渡を求められれば、その企業の競争力そのものが失われかねません。

大分県内でも、製造業や物流業の中小企業が自社の業務システムや生産管理システムの開発を外部に発注する場面は珍しくありません。逆に、地場のIT企業や個人事業主が大手企業や元請けからシステム開発・データ整備を受託する場面もあります。どちらの立場であっても、この指針は無関係ではいられません。

よくある誤解実際のところ
お金を払ったのだから著作権は当然こちらのもの契約で明記しない限り、著作権は開発した側に残るのが原則
ひな形通りの契約書なら安全ひな形は出発点であり、自社の取引実態に合わせて修正することが前提
知財の話は大企業同士の話指針は業種・規模を問わず、中小企業の取引全般が対象

契約前に確認すべき3つのこと

1. 著作権は「譲渡」か「利用許諾」か、目的に応じて選んでいるか

業務システムを自社専用にカスタマイズしてもらう場合は著作権の譲渡を受けることが望ましい一方、汎用パッケージのカスタマイズ程度であれば利用許諾で十分なこともあります。「とりあえず全部譲渡」と書く前に、自社が本当に必要としている権利の範囲を整理しておくことが出発点です。

2. 著作権の対価が、開発費用とは別に意識されているか

知財取引指針では、知的財産権等の対価について受託者と十分な協議をせず一方的に低い金額を定めることが「買いたたき」に当たり得ると整理されています。著作権譲渡を含む契約であれば、その対価が開発費用に含まれているのか、別建てなのかを発注書面に明示しておくことが望ましいとされています。

3. 第三者の知財侵害が起きたときの責任分担が定まっているか

納品物が第三者の知的財産権を侵害していた場合の責任を、受託側の中小企業に一方的に転嫁する契約が問題視されています。発注者・受託者のどちらが仕様を決定したかなど、役割に応じて責任を分担する考え方が、今回のひな形にも反映されています。

契約前のチェックリスト

  • 著作権を「譲渡」してほしいのか「利用許諾」で足りるのか整理した
  • 著作権譲渡の対価が開発費用とどう関係しているか確認した
  • 納品物に第三者の知財侵害があった場合の責任分担を契約書で確認した
  • 既存の契約書(ひな形)が自社の取引実態に合っているか、最後に見直したのはいつか思い出した

中小企業が取るべき選択肢

選択肢A:今ある契約書を、今回の指針に照らして見直す

新規契約だけでなく、既存の取引先との契約書も対象になります。中小企業庁・特許庁のサイトで指針本文と契約書ひな形が公開されているため、まずは自社の標準契約書と見比べてみる方法です。

選択肢B:次回の発注から、知財条項だけ重点的に詰める

すべての契約条項を一度に見直すのが難しい場合は、次の発注案件から著作権・対価・責任分担の3点だけでも事前協議の議題に挙げる方法です。小さく始めて、徐々に標準化していけます。

選択肢C:契約交渉に入る前に、第三者と要件・条件を整理する

「何を、どこまで譲り受ける必要があるのか」が自社内で固まらないまま開発会社と交渉すると、相手の提示するひな形をそのまま受け入れがちです。発注前に要件と契約条件の優先順位を整理する段階を挟む方法もあります。


まとめ:知らないまま署名するリスクは、発注側にも受注側にもある

今回の知財取引指針は、「大企業が中小企業を不当に扱わないためのルール」という側面が強調されがちですが、実際には発注側の中小企業にとっても役立つ内容です。著作権・特許権・ノウハウの扱いを曖昧にしたまま契約すると、後から「想定していた使い方ができない」「他社にも同じシステムが提供されていた」といったトラブルにつながりかねません。

次にシステム開発の契約書にハンコを押す前に、まずは著作権の譲渡か利用許諾かという一点だけでも、社内で確認してみてください。


参考:公正取引委員会・中小企業庁・特許庁「知的財産権・ノウハウ・データの適切な取引のための優越的地位の濫用等に関する指針」及び「契約書ひな形」の公表について(2026年6月24日)