大分のうみたまごがAI字幕を始めた。翻訳機を買う前に社長が確認すべき3つ
別府や由布院だけでなく、水族館や体験施設でも外国人の姿が増えています。「翻訳機を置けばいい」「スタッフに英語をやらせればいい」——そう考えて止まっている観光・接客の現場は、大分でも少なくありません。2026年8月、地元の水族館が別のやり方を試し始めました。
—-
大分のうみたまごが始めた、アプリ不要のAI字幕
2026年8月1日、大分マリーンパレス水族館「うみたまご」で、ショーの日本語解説をリアルタイムに翻訳し、来場者のスマートフォンへ多言語字幕として届ける実証が始まりました。運営の株式会社マリーンパレス、JYAKU株式会社、株式会社deserveの3社は、いずれも大分市に拠点があります。来場者は専用アプリを入れず、館内のQRコードから言語と見たいショーを選ぶだけで使えます。実証開始時点の対応は、日本語、英語、簡体字中国語、繁体字中国語、韓国語の5言語です。
観光庁の宿泊旅行統計調査(2025年・年間確定値)によると、大分県の外国人延べ宿泊者数は149万1,590人泊。全国47都道府県では18位、九州7県では福岡県・熊本県に次ぐ3位で、2019年比23.6%増です。紙のパンフレットや固定表示だけでは、その場で生まれる解説に追いつきにくい。3社がうみたまごの実際の運用に合わせて、仕様から検討した背景です。
実証で確認するのは、音声認識と翻訳の精度だけではありません。字幕の見やすさ、来場者が迷わず使えるか、スタッフが日常業務の中で無理なく操作できるか。あわせて、地震などの緊急時に安全案内を多言語の文字でも届ける運用も検証します。2024年4月の改正障害者差別解消法で、事業者の合理的配慮の提供は法的義務になりました。インバウンド対応と、聞こえ方にかかわらず情報を届けることは、別々の投資ではなく同じ設計課題です。
—-
翻訳機、紙、人——よくある手段と、今回の実証の違い
観光・接客の現場で選ばれやすい手段と、今回の実証を正直に並べます。向き不向きがあり、どれが正解という話ではありません。
手段:外国語ができるスタッフを増やす
向く場面:窓口での個別接客、クレーム対応
強み:ニュアンスが通じる
弱み:ショーや館内放送のような一対多には人手が足りない。採用と定着が難しい
手段:翻訳機・翻訳アプリを置く/配る
向く場面:一対一の短い会話
強み:導入が早く、端末を置けば「対応した」形にはなる
弱み:来場者が操作を覚える負担がある。一斉案内や災害時の文字情報には向かない
手段:多言語の紙パンフレット・固定看板
向く場面:料金、営業時間、施設案内など定型情報
強み:電源や通信に依存しない
弱み:ショーのその場の解説には追いつかない。更新のたびに印刷と貼り替えが発生する
手段:現場運用に合わせた字幕配信(今回の実証)
向く場面:音声が一対多で流れる場
強み:アプリ不要。スタッフは日本語のまま話せる。利用言語の傾向を記録できる
弱み:初期の要件整理と用語登録が必要。精度は現場での補正が前提
うみたまごの取り組みで注目したいのは、機能の多さより「誰が日常的に操作するか」から入っている点です。ショー予定をカレンダーに登録し、配信開始時に対象を選ぶ。生きものの名前や専門用語は事前に訳語を登録する。一定時間無音が続けば配信を自動停止してスタッフに知らせる。災害時の安全案内は、通常の字幕とは別の赤系表示にする——派手なAI導入というより、現場の手順にAIをはめ込んだ設計です。
「多言語対応をお願いします」と開発会社へ丸投げしても、この粒度にはなりません。何を音声のまま残し、何を文字で届けるか。スタッフの手を何分増やすか。そこを発注前に線引きできるかどうかが、使われる仕組みと、置いたままの端末を分けます。
—-
翻訳機を買う前に、大分の観光・接客事業者が確認すべき3つ
見積や補助金の話に進む前に、次の3点を社内で確認してください。対象は水族館に限りません。飲食、小売、体験施設、宿泊でも同じです。
- 1. 聞き逃しが起きている場面を、1日観察したか
「外国人対応」と一口に言っても、会計、案内、実演、館内放送では情報の届き方が違います。誰が、いつ、何を理解できていないのか。1日現場に立ち、音声だけに頼っている場面を3つ書き出す。これが要件定義の入口です。観察なしのツール選定は、使われない端末を増やすだけになりがちです。
- 2. 来場者の便利さと、スタッフの手間を両方見ているか
来場者にとってQRコードで開けるのは楽です。一方で、配信開始、ショーの切り替え、定型文の送信が現場の負担になれば続きません。うみたまごの実証が「スタッフが日常業務の中で無理なく操作できるか」を検証項目に入れているのは、この理由です。IT担当がひとりの会社ほど、「導入後に誰が毎日触るか」を先に決めてください。操作する人が決まっていないAIは、勉強会のあとと同じく、個人の工夫で終わります。
- 3. インバウンド対応だけにしていないか
5言語対応は目立ちますが、日本語字幕は聴覚に障害のある方や、騒音で聞き取りにくい来場者にも効きます。災害時の安全案内を文字でも届ける設計は、観光DXというより事業継続の話です。ベンダー提案や補助金が「訪日客向け」に偏っているときは、合理的配慮と防災の用途を同じ仕組みに載せられないか、一度問い直す価値があります。用途が三つに分かれると、導入も保守も三重になります。
大分のように専門人材が限られる地域では、最初から大きなシステムを発注するより、現場の情報の届け方を整理し、外の相手と壁打ちするほうが早いケースが多いです。コラボが現場で聞くときも、最初の問いは「何を導入したいか」より「いま、誰が情報を取りこぼしているか」です。そこが言語化できていれば、発注も補助金申請も、失敗しにくくなります。
—-
まとめ:多言語対応の本質は、翻訳機ではなく情報の届け方
一言で言うと、多言語対応の本質は翻訳精度ではなく、現場の情報の届け方を設計し直すことです。うみたまごの実証は、アプリを増やさず、スタッフは日本語のまま、来場者のスマホへ文字で届ける——その線引きを先に決めた事例です。翻訳機を買う前に、聞き逃しの場面、運用する人、インバウンド以外の用途の3点を紙に書いてみてください。そこまでできていれば、ツール選びは後からついてきます。
—-
参考:JYAKU株式会社プレスリリース(産経ニュース/PR TIMES掲載)、2026年8月4日。観光庁「宿泊旅行統計調査(2025年・年間値(確定値))」